ビジネスマンから牧師への祝福された道
多くのキリスト者がこの世と調子を合わせ、神の願われる歩みとはかけ離れた、この世の歩みの中に埋没しているのではないかと思う。そのような歩みをしている方がいるなら、そのことを悔い改め、神が願われる歩みをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えられることを勧めたい。
【目次】
�犠蓮/世硫厳辰砲茲辰得犬�された奇跡の命
�蕎蓮.咼献優好泪�36年の体験
�珪蓮)匯佞箸い�新しい道へ
�絃蓮)匯佞量椶�ら見た労働
�江蓮,海鵑併�どうする Q&A 聖書的原則と私の体験
内容紹介
この本が、ビジネス生活の中で試練・苦難に遭っている方々、またビジネスマン生活で何らかの方向性を求めておられる方々、更にこれからビジネスマン生活を始められる方々にとって、何らかのお役に立つことができるなら望外の幸いである。 又この本のIV章一〜三節の一部は、著者の関西聖書学院における卒業論文から引用させていただいた。
レビュー
競争をどう考えればよいか 人が地上で生きていく限り、どんな所においても、大なり小なり競争がある。職場や学校においては勿論のこと、家庭においてさえ兄弟間における競争がある。従って私たちが競争を避けることは困難である。 何故、私たちは競争するのだろうか。それは人間には、ある目標に向かって上って行くという向上心が本来備わっているからである。向上心は、神が人に下さった様々な資源を最大限に生かそうとする志向であり、それを働かせること自体は、神が喜ばれることであり好ましいことである。この向上心の働かせ方が、自己の内で完結している場合には競争は起こらない。しかし、自己や自己に関する物事を、他者や他者に関する物事と比較して、より良い立場やより良い状況に置きたいと願い、向上心を他者との比較において働かせる時に競争が生じる。 競争には、良い面と悪い面の両方がある。良い面は、相手と競うことで向上心がより刺激され、より良い結果をもたらすことである。また悪い面は、競争という言葉が示す通り、相手と比較し競うことで、向上心が争いをもたらすように働くことである。それ故私たちは、競争の良い面を生かし、悪い面を殺すように努力することが肝要である。
著者:門谷 �三�
出版:イーグレープ
ビジネスマンから牧師への祝福された道